Ota Mari Works

Detail of Mari Ota's Work

かつてレッスンのたびに開かれ、目で、指でたどられたピアノの楽譜の頁をすべて解き広げ、つなぎ、その上から、射抜かれた鎧や水没した壷の群を大きく描き重ねる。
そんな太田の作品に触れながら、私はいくつかの「抹消」について考える。用途を抹消された、あるいは遺棄された物のイメージによる、譜面のシークエンスの抹消。マーカーや鉛筆をひたすら塗り込んで行くその身振りには、どうやら、ドローイングの本性に接するものがありそうだ。型通りのデッサンが専ら知の制御を被るのとは異なり、ドローイングはイメージの産出ないし転写である以前に/以上に、支持体の抹消というモーメントをはらむ。それは作者の痕跡として主体を召喚するさらに以前の、未分の身体性の顕現といってもよいだろう。私たちは描き方、書き方は学んでも、消し方、抹消のディシプリンからは大きく自由でありつづける。あるべきドローキングとは、したがって、徹頭徹尾、抹消の身振りに近づくのではないか。太田の作品を見て以来、私はなおさらにそう感じている。

アートクリティック 金井 直

『Art Court Frontier 2007 #5』図録より

<写真上>Art Court Frontier 2007 #5(2007年6月29日(金)~7月14(土)@アートコート ギャラリー)の展示風景
(左下) drawing performance(『展覧会の絵』)[2007年/30×45×1cm/太田自身が使用していた『展覧会の絵』の楽譜]
(左上) 太田麻里によるパフォーマンス映像(約26分)
(中) 1815年、ワーテルローの戦い(ベルギー)で死んだフランス兵が着けていた、小さな砲撃に打ち抜かれた鎧。(無題/2007年/331×272cm/使用していた楽譜をバラバラにしてつなげたもの、マーカー、鉛筆)
(右) 1690年頃、ブンタウ(ベトナム南方)で引き揚げられた沈没船ジャンク(中国の大型船)から大量に発見された西欧に輸出するために作られた初期の陶器、想像上の爆弾。(無題/2007年/272×384cm/同上)

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